米国見聞録

旅行・留学・仕事を通じたアメリカ滞在の記録です。番外編で韓国見聞録があります。

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3、横断旅行・カンザス~サンタフェ編(1990)

カンザスを大学教授に案内してもらう

 サンフランシスコに数日滞在後、再び、アムトラック鉄道のフリーパス・チケットを使用。今度は、一昼夜かけて、今度は、中西部のカンサスへと向った。電車の中で白人のお爺さんに、 アメリカに来た理由は何かと問われた。何だか尋問みたいで一瞬ギクッとした。しかし、日本と戦った経験のある爺さん世代から、こんな質問が出てくるだろうと予想はしてあった。それに、答えは簡単で観光だ。

「シー・サイトイングです」

一瞬間が空いた。

「サイト・シーイングだろ」

「あ、イヤー、そうです」

 Sight seeingがSee Sightingになって間違えて口を出て、赤面した。そんな電車の旅だった。ちなみにカンサスは、カンサスと発音しても通用しない、キャンザスと言うのだった。

 カンサスを訪れたのは、カンサスというバンドが好きで、一度当地を見てみたいという動機からだった。

Kansas City, Missouri




 アムトラックの中では、カンサス大学の都市計画の先生とも知り合いになり、町を案内してもらった。ハルマークというグリーティング・カードで有名な会社の本社や、市場を見せてくれた。

 私のバンドのカンサスが好きだから来たという理由が、現地の人々には受けた。 大学教授は、本当に親切な人だった。 しかし、カンザスは、一日だけの滞在で、次は、サンタフェを目指さなければならなかった。

 長距離バスのグレイハウンドにストライキが起こり、バスの利用者がアムトラック鉄道に流れてきていた。そのため、チケットを押さえるのが困難になっており、私は、行く先々で長時間の電車待ちを余儀なくされた。

 カンサスの待合室にあるコンビニで、サンドイッチを買っていると、黒人のおっちゃんに、俺の分も買ってくれとせがまれた。もう、何日も食べていないのだと言う。

 じゃあ、仕方ないから、買ってあげようとすると、おっちゃんの家族も現れて、私らの分も買ってくれとなった。 ちょっと、待て、そんなに大勢には、買えないなと悩んでいると、白人の若いビジネスマンが、彼らに、買ってやることなんか無いと断ってくれた。

 その後、その若いビジネスマンの家に招待されて、家の中を見せてもらったりした。結婚したばかりの彼の奥さんと合流して、レストランへ食事に行って、私は、またハンバーガーを食べた。

 800万円くらいで、一戸建ての新築の家を購入しており、羨ましく思った。彼は、クレジット・カード会社で働いていたのだが、生活にゆとりがあるように見えた。

 当時の日本は、土地バブルで、サラリーマンが一生働いても、家は買えない時代だった。私は、彼の家を見て、アメリカに将来的に移住する気持ちを固めた。

 近くの高校で学んでいた日本人留学生も、家に来て、少し話をした。そして、少林寺拳法の型を少し教えてあげたのだった。

 

カンザス・シティ公式ウェブサイト(英語) http://www.visitkc.com/index.aspx


 

サンタフェで癒される

 そして、次にサンタフェへと、移動。 サンタフは、ネイティブ・アメリカンの文化が色濃く残っている。土壁の家が多く、こんなエリアがアメリカに存在するのかと思えるほどだった。エコロジカルな性格を持った特徴的な街だといえよう。個人的には、こういう街が一番、好きなのかもしれない。

 

サンタフェ公式ウェブサイト(英語) http://www.santafenm.gov/

 


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