米国見聞録

旅行・留学・仕事を通じたアメリカ滞在の記録です。番外編で韓国見聞録があります。

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4、横断旅行・エルパソ~メンフィス~ワシントン~ニューヨーク~ロサンゼルス編(1990)

エルパソ行きのバス~フロントガラスに銃弾

 ユースホステルに宿泊して、今度はテキサス州のエルパソに移動。 グレイハウンド長距離バスを利用したのだが、フロントガラスには、銃弾の跡があった。 バスは、管理職員が運転していたのだが、運行に抗議した従業員が抗議して、撃ったのだ。従業員は、依然ストライキを続行しており、また、撃ってくる可能性もあったが、我々のバスは、問題なく出発できたが、エアコンが故障して冬なのに暖房が入らず冷房が入っている。ただでさえ寒いのに、冷房入れてどうするんだ。一晩中、寒さと戦いながらのバスの旅だった。

 エルパソの近くには銀、銅、原油など鉱産資源が豊富で銅精錬所や石油精製工場の立地が相次いでいる。また食品加工などのほか、近年はハイテク産業も集積しているが、街は、あまり大きくなく、見所もあまりない。そこで、リオ・グランデ川を越えて、メキシコのシウダー・ファレスへと足を運んだ。 ここでもやはり、米墨間の格差の激しさが印象に残っている。

 



ダラスで故ケネディ大統領を偲ぶ

 再度、グレイハウンドを利用して、今度はダラスへ。 ダラスは、ケネディ元大統領が暗殺された街だ。ここでは、高層ビルの屋上に上がり、町の全体を俯瞰してみたり、町中にあるケネディ・メモリアルへ行ったりした。白いスーツを着たブラザーがメモリアルを写真撮影していた。ケネディは公民権運動を大統領在任中に推し進めている。

 ホテルに泊まる金をセーブするためにバス停に長時間滞留した。ホームレス風のブラザーが多く、私がイスに座っていると、このイスは俺の席だと文句を言ってくる人もいた。

 


 



メンフィスで北欧系女子と食事~周囲の視線が突き刺さる

 次いで、テネシー州メンフィスへ。ここでは、公民権運動の中心的役割を担っていたマーティン・ルーサー・キング・ジュニアが凶弾に倒れている。


Your Travel Guide: Musical Memphis Tour




 このメンフィスでは、駅でベルギー人の女の子と知り合いになり、プレスリーのグレースランドへ遊びに行った。 ピンク・キャデラックの前で、お互いの写真を撮ったり、フランス人の女の子も二人合流して、ランチを食べに行った。

 しかし、アジア人が白人女子3人と食べている図は、20年前の南部ではまだ、タブーだったようだ。
店の人も、食事していた客も、こちらの方へ厳しい視線を向けていた。彼女たちは、食事をしながら、英語でしゃべりまくる。こっちは、ぜんぜん会話についていくことが出来なかった。

ヒッチハイクでヤバイ目に

 一日、宿泊して今度は、ワシントンDCへ移動するため向うため、明け方、まだ暗いうちに、鉄道駅までヒッチハイクをした。 しかし、ドライバーを、よく見ると下半身丸出しで運転していた。

一挙に押し寄せる恐怖感。
 
 信号が赤になり車が止まったので、ここで降りると言ってドアを開けて降りようとした。しかし、暗かったので、バックパックのストラップが車のギアに引っかかっていたのが見えなかった。

 えらく荷物が重くなっているな、なんで、外へ出ないんだと思って、よく見てみると、、ストラップがギアに引っかかっている。う、こいつ、俺が車から降りられないように、わざとギアに引っかけたんじゃ、ないだろうな。

 体は、もう外に出ている。ストラップを外そうとして、もう一度車内に入ったところを攻撃されては、かなわない。銃だって出てくる可能性があるかもしれない。

 そう考えると、とにかく引っ張れとなり、思いっきり力任せに引っ張った。当時、私は、旅行の直前まで、航空貨物運搬の仕事をしており、ときには100kgを越す冷凍マグロをカーゴから下ろして整理していたりもしていたので、腕力があったのだ。

 すると、ギアが、やや曲がってしまったように見えた。今度は、ドライバーが慌てはじめた。

 「まってくれ。ギアに引っかかってるんだ。いま、外すから。力を入れないで。Take it easy」

 そして、ようやくストラップが外れた。

 「オッケー。サンキュー。バイバイ」

 私は、ドライバーがハイウェイに戻っていくのを確認して、その場所を離れた。 朝から、変な奴に会っちゃったなぁ。やはり、アメリカは病んでいるのだろうか。

 ヒッチハイクには、本当に用心しなければならない。多くの州でヒッチハイクは法律違反となっている。サンディエゴの語学学校でも、ヒッチハイクだけは絶対にしてくれるなと、最初に注意があったのだが、すっかり、忘れていた。



ワシントンDCでホワイトハウスの警備を憂う


 再び、アムトラックで首都ワシントンDCへ。ここは、鉄道駅とバスの駅が離れており、その間を警官がガイドしてくれた。物取りや強盗が出るので、用心してとのことだった。ここで、数名の日本人旅行者と知り合いになり、行動を共にするようになった。

 ワシントンでは、やはり、ホワイトハウス前を観光した。一般人が、ホワイトハウスの近くを通れるので、大統領のセキュリティは大丈夫なのかと考えたりもした。

スミソニアン博物館には、地下鉄の利用ができて、移動が本当に楽な場所だ。

Travel Guide - Washington, DC








ニューヨークの街は、映画タクシードライバーのイメージそのまま

 さて、いよいよ、グレイハウンドで、ニューヨークへ。やはり私の頭の中には、アメリカ、イコール、ニューヨークのような イメージがあった。バスから摩天楼が見えてくると、乗客から歓声が起こった。 ハーレムの荒涼としたエリアを抜けて、ダウンタウンへ入る。 不思議なのだが、懐かしい感情が沸いてくる。 映画タクシー・ドライバーで見たニューヨークのイメージそのままの風景が再現されている。



New York City Travel Guide








 ニューヨークでは、38丁目のYMCAに宿泊。 安宿だが、セキュリティがしっかりしているし、一階にはカフェもある。向かい側に、安くて美味しい中華のお店があり重宝した。ここで中華弁当を買って、YMCAの部屋で日本人旅行者たちと一緒に話をしながら食べたりして楽しかった。

 ウォール街へ行ったり、セントラル・パークへ行ったり、チャイナタウンへ行ったり、エンパイヤ・ステートビルに上がって、街を俯瞰したり最高だった。

 また、ハーレムにも出向いて、目抜き通りを歩いてみた。本当にアフリカ系アメリカンしかいない。まさに、ブラック・キャピタルである。ここで、記念品として、Tシャツを購入。次回はアポロ劇場のジャム・セッションにギターで参加してみたいなぁ。



ロサンゼルスの衝撃的ホームレス・ストリート

 最後に、三泊四日で、アムトラックを利用して、ロサンゼルスへ。 アムトラックも、一貫してエアコンが故障しており、冬なのに冷房しており、大変だった。 ニューヨークから帰国すば良いものを、航空運賃をケチったため、ロサンゼルスまで戻ることに。

 ロサンゼルスは、ユニオン駅から少し離れた場所の道路両脇に、ホームレスの寝床が100メートルもあり、衝撃的だった。 ロサンゼルスにも影の部分はある。

 また、ハリウッドでは、ユニバーサル・スタジオ観光したが、その安っぽさに感動は無かった。 小学生だったら、楽しめたと思うのだが。

Los Angeles Travel Guide





 




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